萬隆集應廟

日本では烏龍茶と混同されてしまっている鉄観音茶。本来は烏龍茶とは茶樹の品種も製法も異なります。19世紀初期、その鉄観音茶の故郷・福建省の安渓から、茶農家の高氏、張氏、林氏の三家族が台北南部に入植しました。彼らは今の大坪に保儀尊王、保儀大夫の「雙忠」を祀り大坪集應廟を建てて、協力して周辺を開墾していきました。

ところが、19世紀末に同じ福建出身の三邑人と同安人による分類械闘(武力抗争)「頂下郊拚」が発生しました。

その抗争に巻き込まれるのを恐れた高張林三氏は、大坪集應廟に祀られる保儀尊王、保儀大夫の像、保儀尊王夫人の像、そして香炉をそれぞれ分けて安全な場所に移ることにしました。

くじ引きの結果、保儀尊王、保儀大夫の像は高氏が、香炉は張氏が、保儀尊王夫人の像は林氏が引き受けることになり、大切に保護していきました。

後に、高氏は景美集應廟、張氏は木柵集應廟、林氏はこの萬隆集應廟を建て、信仰を伝えてきました。

萬隆集應廟は元々は三塊厝という場所に建てられていました。日本統治時代の大正10年=1921年に土地を寄進する人があり、現在の場所に移設。そして1985年に2階建てに改修して廟は二階に、一階は地域の人々の集会場のようにしたそうです。

本来集應廟は保儀尊王、保儀大夫の二柱の神様が祀られます。保儀尊王は唐代の睢陽城太守の許遠、保儀大夫はその配下の武将張巡です。彼らは安史の乱のおりに反乱軍から睢陽城を守るため戦った忠義の人物として伝えられます。

しかしこの廟に主祭神として祀られているのは保儀尊王の神像一尊のみ。傍らに立つのがご夫人でしょうか?新しく見えるので、林氏が受け継いだ夫人像ではないと思います。

もしかしたらその前に並べられた神像に夫人の像が混ざっているのかもしれません。

その下の段には、中壇元帥を中心に神農、関聖帝君、済公活仏など人気はあるけれど主祭神とは特に関係がない神様たちが祀られています。

雷萬春と南霁雲は保儀大夫・張巡配下の武将です。

二将は大仙尪仔にもなっています。これはお祭りのときに人が入って歩くためのものです。

配神として天上聖母。

その横に大仙尪仔のものと思われる骨組みがありました。これはなかなか見る機会がない貴重品です。

もう一方の配神は福徳正神。福徳正神にしては立派な像です。

その下には虎ちゃん。この廟では黒虎大将軍という神名を与えられていました。木の額にかなり年季がはいっています。

廟の外のベランダ部分に五營將軍。

左側に3とあるプレートは、MRT松山新店線萬隆駅の入口です。高、張、林の三氏それぞれが建てた集應廟の中でここが最も駅から近いです。

その前には、馬の餌となる草と水桶がわりのバケツが置いてあります。これは、神軍の兵馬がここに駐屯しているということを示すものです。