保儀宮

萬華の路地裏にある小さな廟です。

実はここは、配華宮の一軒置いて隣にあります。

主祭神は保儀大夫。盛唐のころの睢陽郡太守・許遠のことで、安史の乱のおり張巡将軍とともに睢陽を守るも落とされ、反乱軍によって殺された人物です。安史の乱と言ってもこの時点では首謀者の安禄山はすでに息子の安慶緒により殺されていました。

後の世に張巡将軍は保儀尊王、許遠は保儀大夫として信仰され、唐朝への忠義を尽くした二人であるために、セットで双忠と呼ばれます。木柵の集應廟には双忠がともに祀られていますが、この廟ではなぜか保儀大夫のみが祀られています。

保儀大夫はもともとは城隍神のような街の守り神として信仰されていたようです。それが王爺信仰の影響を受けて代天巡狩の職能も与えられました。ここに祀られているのも、おそらくは王爺千歳の一部としてではないでしょうか?

ていうか王爺信仰の場合昔の偉い人はなんでも王爺にしてしまうところがあるんですよね。

ここが王爺廟だとすれば、この関聖帝君が大刀ではなく筆を持っているのもわかります。王爺には善悪を判ずる司法官の役割も与えられているからです。