佛頭港景福祠(台南景福祠)は、台南にある土地公廟の中で唯一古蹟指定を受けています。
佛頭港は、かつて台南にあった五條港のうちの一つです。
この景福祠の創建は、清朝統治時代の乾隆15年=1750年。
日本時代に現在の西門圓環を中心とした道路建設を行った影響で廟の周囲に商業地区が密集して家屋に埋もれる状態になったようです。
現在も市場の中に埋もれています。
前殿部分に祀られた福徳正神。
萬物資生の扁額は、嘉慶12年=1807年年に廟が火災で焼けた後、嘉慶16年=1811年に再建されたのを記念して掛けられたものだそうです。
扁額の下の福徳正神と、おそらくは観音菩薩と、あと如来の誰か。
こちらが正殿の福徳正神です。
福徳正神の前は福徳正神で、横のむすっとした顔は武判官、奥が文判官。
その下には福徳正神の乗騎の虎ちゃん。
配祀の火徳星君。嘉慶16年に廟が再建された折、現在の国立台南大学付近にある法華寺から分霊をうけたものと考えられています。
おそらくは火を制御して二度と火災が起きないようにとの願いによるものでしょう。
ところで像の上には火徳星君 南極大帝とあります。
火徳星君は五徳星君の一柱。火星の神格化で火を司ります。
その特性より、炎帝とか祝融など火と関係がある神様と同一視されることもあるようです。
一方南極大帝こと南極仙翁は、中国南方に見える南極老人星の神格化。南極老人星はカノープスだと考えられています。
南極仙翁はまた福禄寿の一星でもあります。ちなみに福禄寿は、福星、禄星、寿星の三柱から成ります。
日本では七福神の中にパクられ、しかしなぜか福禄寿といいう一柱の神とされており、さらに南極仙翁はそれとは別に寿老人としてもパクられていてわけわかりません。結局パクりはしたもののそれがどんな神様なのか真面目に考えずにパクったということでしょう。
火徳星君と南極大帝は、それぞれ星の神格化とはいえ別の神様です。しかし、南が五行では火行になるため、民間の一部でごっちゃにされることもあります。
こちらは観世音菩薩。
その前の像は、おそらく摩利支天です。
摩利支天は陽炎が神格化されたバラモン教の神であり、仏教がパクって天部に取り入れました。
摩利支天はさらに道教にパクられて斗母元君となりました。