臨水夫人媽廟

台南駅から少し南に行った東門圓環付近にある臨水夫人媽廟は、清朝統治時代の1786年創建。台湾の中でも漢人移民の歴史が長い台南には、18世紀に創建された廟宇はめずらしい存在ではありません。

とはいっても、幾度かの改修などを経て、現在の建物になったのは1989年です。

主祭神は廟の名称にもある臨水夫人。

臨水夫人は正一教が南方に伝わって派生した閭山派の道士・陳靖姑が神格化された神様だと言われています。

ただ、陳靖姑は本当に実在したかどうかは不明。

あるいは福建の土着の女神が道教に包摂されていく過程で陳靖姑という人物が後付設定されたという可能性もあると思います。

臨水夫人の横には、陳靖姑とスールの契を交わしたという林九娘、李三娘も祀られます。

陳靖姑、林九娘、李三娘を合わせ、臨水三夫人、あるいは三奶夫人と呼ばれます。三奶夫人を信仰するのは、閭山派からさらに分かれた三奶派です。奶はおっぱいという意味ですから三おっぱい派ということです。

台湾には三奶夫人を祀る三奶派の廟も散見されます。

臨水夫人は、またの名を順天聖母。こちらは神様の名前を盛りがちな道教に、あとから付けられた神名だと思われます。

ちなみにここの門神は尉遅敬徳と秦叔宝。

陳靖姑は幼い頃から道教を学んでいました。長じて劉杞という人物と結婚。妊娠した数カ月後、福建に大旱魃が発生し、身重の体で雨乞いを行い、そのおかげで雨が降ったものの、無理をした陳靖姑はお腹の赤ちゃんとともに亡くなってしまいました。

その臨終の間際、陳靖姑は死んだ後は難産の女性を助ける助産の神になると誓ったといいます。

ということで、臨水夫人は、安産の神様となりました。

右の配神は、同じく子宝、安産の女神である註生娘娘。

医療技術が発達する以前、安産で無事に赤ちゃんに生まれてきてほしいというのは、現代人以上に切実な願いだったのでしょう。道教にも複数の安産の神様がいます。

左の配神は花公花媽。聞いたことがない神様です。

どうやら潮州で信仰されていた神様。由来はいろいろあるようなので、めんどくさいから書きません。

こちらは子供が無事に成長するように守ってくれ神様だということです。

古い時代は、赤ちゃんが無事生まれてきても、病気で幼いうちに亡くなってしまうということも多かったため、子供に病気をせず元気に育ってほしいという願いから生み出された神様なのでしょう。

廟側面、入口近くには斉天大聖。台北でも斉天大聖が祀られているのを見ることはあります。ただ、台南ではその比率が非常に高かったように思います。

女神様の廟を守るガードマンとしては、斉天大聖はぴったりです。

その向かい側には福徳正神。

『西遊記』では天神の斉天大聖に平身低頭だった土地公が、大聖の前に祀られてしまっては、内心戦々兢々ではないでしょうか?

正殿側面には「三十六婆姐」も祀られます。

三十六婆姐は、妊娠から出産までの各段階をサポートする「十二婆姐」の元ネタらしいです。36人だと多すぎだから12人にしとこうということで減らされたのかも?

後殿中央にも、臨水夫人を中心においた三奶夫人が祀られます。

そしてこちらにも斉天大聖。

左右の配神が註生娘娘と花公花媽なのは正殿と同じ構造。三十六婆姐も18柱ずつ配されます。

後殿2階は観音殿。観音仏祖が祀られます。

こちらの配神は文昌帝君と月下老人。

子供が元気に育ったら、清朝時代なら進士に及第して、日本の統治以後ならいい学校に合格して、すてきな相手を見つけてほしい。そんな親心に、出産から結婚まで面倒見ますよという感じの廟ですね。