艋舺青山宮

青山宮入り口

萬華地区で龍山寺と並んで厚い信仰を集めているのがこの青山宮です。ちなみに艋舺というのは萬華の旧表記で、台湾語読みで「バンカー」。日本時代に日本人が「バンカ」に日本の音読みが近い「万華」という字を当てて、それが国民党占領後に繁体字の「萬華」に改められたというややこしい経過をたどっています。

似たような例として、現地原住民が「ターカウ」と呼んでいた土地に福建移民が「打狗」と当て字し、日本時代に「高雄」と改めたらそれが残って今では台湾語で「コーヒョン」中国語で「ガオシォン」と読まれるようになったというのがあります。

映画『艋舺』の影響からか、最近では「艋舺」の表記が多く使われているように思います。

閑話休題、青山宮の創建にはちょっとしたエピソードがあります。

まだ日本が統治する前の清朝統治時代というのは、台湾は疫病が蔓延する「瘴癘の地」と呼ばれていました。19世紀なかごろ、艋舺で疫病が広まり、その地に住んでいた福建系の人々が故郷から青山王という神様を将来したところ疫病がおさまったので、お祀りするようになったのだとか。また、青山宮の場所はそこまで来たら神様の像が動かなくなったので、そこに決まったという伝説もあります。

青山王

主祭神の青山王はまたの名を霊安尊王。民間信仰にはありがちな、昔の武将が神様として神格化した神様です。しかしその人物は三国時代の呉の将軍・張滾だとか、五代十国時代の閩国の将軍・張悃だとかはっきりしません。もともとは福建省の泉州恵安にある青山という山の守護神でした。おそらく土着の山神様が道教に取り入れられた時に後付で元の人物の設定が付け加えられたのでしょう。

また、山の守護神としてだけではなく、福建の泉州三邑では、街の守り神である城隍爺としても信仰されていたとか。実際青山宮には青山王の周囲に城隍爺配下の神々が配されています。

城隍爺は地上の霊的空間で、悪鬼や疫病をもたらす瘟神を取り締まる警察+裁判所の機能を持つので、その力で疫病の原因である瘟神をどうにかしてほしいという願いを込めて疫病よけとして招かれたのではないかと思います。

青山王の誕生日である農暦10月23日の3日ほど前から、萬華地区をあげた盛大なお祭りが行われます。日本で言えば祇園祭のようなものですね。

青山宮天公炉

萬華で信仰を集める廟ですが、ふだんは龍山寺ほど参拝客で賑わっているわけではありません。

青山宮もともとは青山王を祀る平屋の廟でした。1970年代に3階建ての後殿が増築され、玉皇大帝やら天上聖母やら、関聖帝君やらが祀られるようになっています。

青山宮の玉皇大帝

後殿3階の玉皇大帝。玉皇大帝の前に三官大帝がいて、左右に南斗星君、北斗星君が置かれているのは他の廟と同じ。しかし、ここには他とは違う神様も控えています。

斉天大聖

斉天大聖。觔斗雲に乗り、如意棒を構えていますね。小説のオリジナルキャラクターでありながら、現実にも信仰されてしまっている斉天大聖ですが、台北ではそれほどその姿を見ることはありません。

そして謎なのがこちら。

南天大聖。緊箍児をかぶり、棒を構えて雲っぽいものに足をかけている。斉天大聖の2Pキャラっぽいです。これググっても出てくるのはこの青山宮に祀られているという情報だけで、どこから来た神様なのかわかりません。もしかしたら斉天大聖を祀るにあたり、対になる存在として作られた、言ってみれば二次創作神様であるという可能性もあります。

ここの信徒には斉天大聖好きがいるようです。

三太子VS斉天大聖

八卦炉中逃大聖

3階の外の外壁には『西遊記』をテーマにした壁画が2枚奉納されています。

上は托塔李天王と哪吒三太子VS斉天大聖のシーン。下は太上老君の八卦炉から命からがら逃げる斉天大聖のシーンです。

増築された後殿の見どころは刻石群。書に興味がある人にとってはたまらないと思います。

書聖・王羲之が道教の熱心な信者であったように、書と道教は深いつながりをもちます。台湾でいい書を鑑賞したければ、廟に行くことを推奨します。そして、そんな中でも奉納された書の多さで青山宮を上回るところは台北では見たことがありません。

さて、後殿2階の中央は瑶池金母、つまり西王母です。台湾では福建移民が将来した天上聖母が非常に人気があって、最上級の女神のような扱いをされています。しかし媽祖信仰というのは今では道教の中に組み込まれているとはいっても、もともとは南方の地方信仰に過ぎませんでした。

そして、道教の中で伝統的に女神の最上位にいるのは西王母です。ということで、この矛盾を解消するために天上聖母が祀られる廟では西王母の存在がオミットされることが多かったわけです。

私が観察したところでは、古い廟で西王母が祀られているのは扶鸞信仰の系譜を引く所、つまり恩主信仰系とか鸞堂系の廟の一部だけですね。それ以外で西王母が祀られているのは、戦後に建て増しして、主祭神の他に玉皇大帝を始めとした道教の偉い神様をお迎えしたところです。

たとえばこの青山宮の他に、大龍峒保安宮にも西王母が祀られていますが、それはやはり戦後に建て増しされた部分です。

で、西王母が祀られている廟ではさすがに天上聖母はその配神とされているわけです。もちろんこういうことは、天上聖母が主祭神ではないからこそできるのであって、媽祖廟では私が知る限りにおいては、たとえ後から玉皇大帝が迎えられている所でも西王母は見られません。

青山宮は、華西街夜市を北に抜けた貴陽街をちょっと東にいったところにあります。

2017年2月20日追記。
青山宮は地盤沈下の影響により柱が傾き、床石の一部に亀裂が発見されたため、萬華を地盤とする立法委員の林昶佐氏つまりソニックのフレディと台北市議員の劉耀仁氏が文化資産局など関連行政組織を青山宮に招き視察を行いました。林昶佐氏がFacebookに投稿した画像を見るとキープアウトのラインが張られているので、参拝は不可になっている模様。蘋果日報の報道によれば修復に必要なのは3ヶ月ですが、数年前に開通する予定だった桃園MRTが今年やっと開業するような国なので、今年農暦10月の青山祭まで修復できるのか危ぶまれます。新しい動きがあったらまた追記します。

2017年7月24日追記

6月末に久しぶりに青山宮に拝拝に行ってきました。私はFacebookでこの問題をいち早く知らせたFreddyをフォローしているのですが、その後の情報がまったくないので心配しておりました。

しかし、訪れて見ると床石に亀裂があるとされていた部分はこんな感じ。

拝拝も特に問題なくできました。ただ、これがちゃんと修復された後なのか、それともただ問題が放置されているだけなのかは不明。ちょっと怪しいところです。とはいえ、2017年の青山王祭が取りやめになるということはなさそうです。

追記:2017年の青山王祭は無事にとりおこなわれました。

2018年6月3日追記。
2018年5月末にお参りに行ってきました。床石の亀裂問題がどうなったのかは不明。ただ、もう亀裂があるとされた部分も封鎖されてなかったので修復されたのではないかと思います。

上記の「南天大聖」を見た後、外の南天門の壁画を見て、ふと「南天大聖」というのはつまり南天門で托塔李天王や中壇元帥と戦った時点での斉天大聖を表してるのではないかと思いました。つまりはどちらも斉天大聖で、バージョン違いなだけの同体。南天門で暴れていたイケイケ時代の孫悟空と、唐僧に従ってからの孫悟空それぞれを像にしてあるという説を主張してみます。ただ、これはあくまで「南天大聖」という謎の神様に対する私の推測、もしくは妄想でしかありません。