台南市西部、港にもほど近い一角は、かつて南勢港の北側にあるため北勢街と呼ばれていました。
現在は、通りの突き当りに藥王廟があるため神農街という名称に変わっています。
神農街は今、ちょっとしたレトロモダンなオサレスポットとして注目されていますがそんなことはどうでもいいです。
臺南金華府は、神農街の入り口近くにあります。
金華府の創建は、藥王廟の創建より1年はやい道光10年=1830年。中国からの移民が故郷から携えてきた文衡聖帝、つまり関聖帝君の像を祀ったのが始まりだといいます。
入り口には大きな黒令旗。玄天上帝の軍団を表す旗で、南部ではこうした大きな黒令旗をよく見かけました。
主祭神の文衡聖帝像。
主炉にも文衡聖帝とあります。
文衡聖帝は、五文昌にも入れられている文神としての関羽の姿です。
本来関平太子がいる場所に祀られているのが李府千歳。唐の高祖、太宗に仕えた武将です。
関平はその前に置かれています。
そして本来周倉将軍がいる場所に祀られているのが馬府千歳。漢代の武将馬仙池だそうですが、三面六臂フォームになることもあるそうなので、あるいは太子爺同様ヒンドゥー教の神が仏教経由で入ってきたものかもしれません。
その前で大刀を掲げるのが周倉将軍。
正殿横から後殿へ進みます。
金華府は間口が狭く奥行きがある京都の町家にも似た造りになっています。
台南でも人気の中壇元帥。
後殿にも李府千歳、馬府千歳、そして黄府千歳などの王爺が祀られます。黄府千歳は祀られる廟によって設定が違うよくわからない神様です。
その奥に文衡聖帝。
左右には本来城隍爺の配下の捕吏である七爺八爺。
城隍爺と似たような職能を持つ王爺の廟にもよく配されています。