新北市の石門四面仏金剛宮に行ったのは2018年の10月。いずれ記事化しなければと思いながらも1年以上放置してしまったのは、ここが広すぎるので書くのがめんどくさかったからです。
ただ、石門金剛宮というと日本では変なオブジェが飾ってある珍スポットのように扱うものばかりで、まともな紹介のしかたをしているものはありません。
「変な像があったおもしろーい」という知性のかけらもない記事のほうが一般受けはいいのでしょうが、道教廟を専門に扱うブログとして、一般受けはしないが宗教的にまともな記事を書くべきだろうなという思いはずっとあり、やっと金剛宮の記事を書く時間もとれたので書きます。
MRT淡水駅からバスでおよそ1時間ほど。
金剛宮は東シナ海に面した新北市の石門区にあります。
創建は1986年。台湾人の許合さんがタイ旅行でエーラーワンの四面仏を参拝したおり霊験を得て、社会教育、社会貢献、弱者救済を行う純粋な宗教文化を広めるために作られた廟です。
そのため主祭神は四面仏。ただし、内容的には道教的な色彩が強い儒仏道三教合一の祭祀がされています。
牌楼をくぐったらまず駐車場奥の龍門へ行きます。
ここには参拝経路が書いてあります。
まず線香をもらって着火。
牌楼横にある巨大玉皇大帝の足元へ。
天公炉の向こうに広がるのは東シナ海です。
玉皇大帝の足の中には玉皇大帝。
この時点でもう道教なのだということがわかると思います。
続いて斉天大聖のほうへ。
中には金の斉天大聖。
そして猪八戒。
沙和尚はおらず『西遊記』では斉天大聖に平身低頭の土地公がいます。
斉天大聖の横には天上聖母。
龍門にもどって龍頭観音を拝します。龍頭観音は観世音菩薩三十三の化身のうちの一つです。
左右に立つのは伽藍菩薩関羽、護法菩薩韋駄。
龍頭観音の後ろから二十四孝感恩坡=二十四孝の像が立つ坂が伸び、本堂へ向かっています。
二十四孝は儒教の徳目の一つ孝道を説いた説話集です。
日本ではその内容も知らないような連中が、例えばこういう像をおもしろおかしくネタにして紹介したりしています。
ちなみにこの像は乳姑不怠。歯が抜けてものを食べられなくなった義理のおばあさんに孫の嫁が乳を飲ませてあげたという説話。現代の価値観で見るとちょっと「ん?」となる内容ですが、ここで言わんとしているのは年長者に孝養を尽くすということです。
その話の内容はちょっとおかしくても、年長者を敬い大切にするという点では、言っていることもやっていることもおかしい日本人よりはるかにましだと言えましょう。
坂を登りきった右側に本堂があります。
タイの四面仏。四面仏とはいっても実際には仏ではなく、仏教では梵天と呼ばれるブラフマーのこと。
シヴァ、ヴィシュヌとともにトリムルティを成すヒンドゥー教の最高神の一尊です。四方を向いた4つの口から聖典=ヴェーダを紡いだとされます。
番号に從って四面を拝します。この廟では民間信仰的な現世利益を付与されています。
つまりブラフマーそのものではなく道教的な神格に取り入れられたものだと解釈していいでしょう。
四面仏にはまた、斗母元君の化身であるという設定もあります。
その後ろに祀られるのは、全真教五祖の一人劉海(劉海蟾)。
その前には三脚蟾蜍。
この蟾蜍は劉海の知人が汚職をした罪により死後に転生した姿です。
彼が三本足のガマとなって東海龍王に仕えていると知った劉海は、龍王からガマを買い取り地上へ連れ戻します。
するとガマは歩くたびにお金を吐き出すようになりました。
劉海はガマが吐き出すお金を使って貧民を救済してまわったといいます。
四面仏の周囲には、劉海の他武財神趙公明など財神が取り囲んでいます。
財運を上げるという俗っぽい空間になってはいますが、劉海のエピソードから、財運が上がってお金を得たら、今度はそれを社会に還元しなさいというメッセージもこもっているのだろうと思われます。
本殿の横に伸びる階段で2階に上がります。
階段の登り口にも蟾蜍。
この上に置かれた甲子太歳金辨大将軍の像をおもしろがってネタ扱いするバカな日本人に合わせてこんな日本語案内があります。
階段を上がった正面には凌霄寶殿。
玉皇大帝の宮殿です。
関聖帝君と、その横は「林○○人」と見えるのでおそらくは林默娘夫人。つまり天上聖母媽祖。
最前列中央は女神の最高位である西王母。その隣に西王母の次に偉い九天玄女。
太陽星君と太陰星君を配祀。
凌霄寶殿の隣は孔子殿です。
中央が孔丘なのか文昌帝君なのかは不明。魁星爺が横に立っているのでおそらく文昌帝君でしょう。
裏側に立っているのは孔丘で間違いないはず。
横が誰なのかはわかりません。孔丘か、孟軻だと思います。
その横に巨大太子爺。
おそらくこれより大きい中壇元帥像は台湾にはないはず。
その前にも太子爺。
巨大像と比べると小さいとはいっても、こんなに立派な像は哪吒が主祭神の太子廟でも見たことがありません。
その隣に御事廳。
三官大帝など諸神を前に朝議にのぞむ天帝といったところ。
この諸神の中には四面仏も含まれています。つまり、ヒンドゥー教から四面仏を取り入れはしたものの、最高神は玉皇大帝であるということを言いたいのでしょう。
ということはやっぱりこの廟は道教廟です。
その隣に巨大天上聖母。
その前にまた玉皇大帝。
左右には六十太歳の像が並びます。
ここにある甲子太歳金辨大将軍が特殊なビジュアルをしているため、日本人がおもしろがってネタ扱いしています。
不心得にも程があるし、バカとしか言いようがありません。
本来この目がついた手の持ち主は楊任です。
楊任は『封神演義』のキャラクターで、商の士大夫。紂王に諫言したため怒りを買い、両目をえぐられて死にました。その死体を回収した道徳真君が、えぐられた目に仙丹を埋め込み仙天真気を吹き込むと、楊任は生き返ってえぐられた眼窩から掌に目がついた腕が一本ずつ生えました。
この目は天界や地府まで見渡し、人間の万事を識ることができる法眼です。
一方金辨は明代の役人で、公正な人物として知られ、寧夏で灌漑事業をすすめて人々を旱魃から救いました。後に民間信仰で甲子太歳とされています。
楊任は架空の人物で金辨は実在の人物。まったく関わりはありません。
ところが『封神演義』で楊任が甲子太歳に封じられたため両者は現実の信仰で習合し、金辨に楊任のキャラ設定が加わってこのような姿になりました。
おもしろがってネタにするようなものではありません。
六十太歳には他に郭嘉や管仲など有名人も含まれます。
六十太歳のコーナーから出ると、巨大媽祖の横に千手千眼観音。千の目で世の中を見通し、千の手で救いを差し伸べる観世音菩薩の姿です。
こちらも掌に目がついているのに、甲子太歳をおもしろがっている知能の低い日本人はなんでこっちは騒がないんでしょうか?
その横には巨大玄天上帝。
両足で蛇と亀を踏んでいれば玄天上帝。
こちらは巨大とはいっても左営の3階建て玄天上帝の大きさにはかないません。
前衛をつとめるのは関聖帝君というか青龍偃月刀を持った関羽。
2階のつきあたりには、温柳金の三府千歳が祀られます。
温府千歳は、唐太宗の臣下・温鴻もしくは東嶽大帝麾下の温瓊太保。金府千歳は朱元璋の臣下の金玄元か、もしくは姜子牙配下の金素、そして柳府千歳は南宋の劉錡将軍。
それぞれ天帝にかわって地上の霊的空間を警備する代天巡狩の役割を持ちます。
その後ろには巨大柳府千歳が立っています。
三府千歳の横にある階段を降りると正面に七星橋があります。
七星橋は渡ることで消災解厄、つまり厄除け、厄祓いになるという祭具です。
まずは神轎にのせられた中壇元帥を拝し、その下をくぐっていきます。
するとそこにはまた四面仏。
四面仏の横を通っていくと、今度は神轎にのった天上聖母。
神轎の下を這うようにして通ります。
そこからやっと橋が始まります。
七星橋自体は珍しくありません。設置してある廟もたまに見かけます。ただそれらは簡易的な作りをされており、これほどしっかり設置された七星橋は、他にはなかなかないのではないかと思います。
橋を渡り切ると財神爺。顔が黒いので武財神趙公明でしょう。
そこを渡ると七星。辟邪の力があるとされ、日本にも中国の様式をパクった七星剣が残っています。
終着点の神像。北斗星君といいたいところですが、一般的な北斗星君の神像は黒面で払子を持っているので様式が違います。
あるいは天官北極紫微大帝かもしれません。
出口のそばに婆姐娘娘。おそらく安産を司る神様です。
その横に東嶽大帝。東嶽大帝は地府、つまり死後の世界を統治する神様です。
ここから地獄めぐりが始まります。
日本では人が死ぬとまず閻魔大王に裁かれ、善人は天国、悪人は地獄へ落とされるというかなり大雑把な設定になっています。
道教のもととなる民間信仰では、仏教が伝わる以前から泰山信仰など死後の世界を想定した設定が作られていました。
そこへ仏教経由で閻魔や地獄などといった概念が伝えられ、もともとあった信仰と習合して十殿閻羅が考え出されました。
その第一殿は秦広王。ここで死者は生前罪があったかどうかを判断され、罪があった者は、その罪に応じた地獄へ送られます。
地府というのは単なる地下の死後の世界。その中にある刑場が地獄です。
以下、それぞれの閻羅王と、どんな罪でどんな仕置がされるのかが説明されています。
ここでは長くなるので省きます。
それぞれの細かい設定などについては
に詳しく書いてあります。
最後の十殿転輪王は、刑を執行された魂を転生させる役です。
罪によって転生する対象がかわります。
ここに来るのは罪人の魂なので、人間に転生することはありえません。
転輪王によって転生先が決まった魂は、孟婆娘娘がその動物のお母さんの胎内に送ります。
最後に東嶽大帝をも従えると言われる地蔵王菩薩。
地獄で辛い目にあわされたくなかったら悪いことは真似するな。そういうメッセージをビジュアルで強烈に教える地府ルートでした。
子供を連れて行ってトラウマにしてやれば、多少はまともな人間になるでしょう。
こういう畏れるものがないと人は現代日本人のようにダメになります。
さて、階段を上がった二階は、天堂、つまり天国エリアになっています。
その出発点に玄天上帝。
足元を見ればわかります。
天井には太極から両義が生じ、両義から四象へと化し、四象が八卦に成るという陰陽の天変と天地の成り立ちが描かれます。
そして、左右には玄天上帝配下の三十六位天将が並びます。
天堂といっても日本人が想像するようなお花畑的なものではなく、玄天上帝と三十六位天将が守りを固める天界です。
三十六位天将の中でも有名な神様をピックアップしていきます。
まず殷元帥。『封神演義』で紂王の息子として作られた架空の人物・殷郊が神に封じられた姿です※追記により訂正:殷郊は『封神演義』より以前に創始されたキャラクターで、後に『封神演義』に取り入れられました。
趙元帥。こちらは武財神としても信仰される趙公明。
岳元帥。武穆王岳飛です。
李元帥。もちろん李哪吒。中壇元帥です。
終着点には托塔李天王と哪吒の親子が束になってかかってもかなわなかった斉天大聖。これで天界の守りは万全です。
その先には、台湾最大の涅槃仏が横たわる臥仏殿。
その奥には斗母元君殿。この金剛宮的には、主祭神四面仏の本体でもあります。
斗母元君の前には、四つ目の神様たちが祀られます。
四つ目として描かれるのは、漢字を発明した神・倉頡、三皇五帝の舜など。ただ、ここに祀られるのは朝廷で駆疫の儀式を司っていた方相氏ではないかと思います。方相氏は四つ目の面をかぶって儀式を行ったといいます。
その二階は長生殿。仁聖大帝=東嶽大帝が祀られます。東嶽大帝にお願いして寿命を伸ばしてもらおうということなのでしょう。
三階は羅漢大楼です。
入り口には布袋和尚=弥勒。
大量の羅漢像が並んでいます。とはいえここの羅漢には財神としてのご利益が付与されており、煩悩を断って仏道に励むべき本来の羅漢とは違うものになっています。
布袋和尚にも財神としての能力が付与されていて、台湾の街角のロトショップにはたいてい布袋和尚の像が置いてあります。
一階に降りて幸福橋をわたり本殿のほうに戻ります。
橋の横には十八羅漢が並びます。
渡った先には乾坤八卦。
先天八卦図の上に立って四方を拝しますが、ご利益はやはり財運。
ある意味欲望に忠実な廟であるとも言えます。
その次に、王爺船を拝します。
かなり立派な王爺船です。
三府千歳が乗せられています。
王爺船は、もともとは瘟神を乗せて火を付け、海に流すという厄払いから始まりました。
後に瘟神を討伐する王爺千歳が考え出され、それからは王爺神が乗せられて瘟神もろとも流され、燃やされるということになりました。
現在でも台湾の一部には王爺船を燃やして流すお祭りが残っています。
その横に八字娘娘。八字娘娘は、生年月日と出生時間に干支を組み合わせた「生辰八字」を司る女神です。干支というのは日本ではなぜか十二生肖のことになっています。NHKですら「今年の干支はネズミで」などと気の狂ったことを平気で言っています。
しかしここで言う干支はもちろんそんないい加減なものではなく、十干・十二支を組み合わせた本当の意味の干支です。
「生辰八字」は運勢を決めるもの。その運勢をよくしてほしいと願う女神様だと思われます。
他に月下老人や註生娘娘など。縁結びから出産、そして生まれてからの運勢までを一パックにしてあるエリアです。
その横に玄天上帝。
そして八仙洞。
八仙と南極仙翁がいます。
その隣は金剛洞。
太乙真人。左右に托塔李天王と哪吒三太子を従えます。
その手前は、太乙真人によって哪吒が蘇ったシーンです。
次に天上聖母。
そして再び中壇元帥。
最後に観世音菩薩を拝し、長い拜拜が終わります。
この廟には入り口の龍門に対応する出口の虎口はなく、もと来た龍門から出るようになっています。