萬春宮

1721年に台湾南部を拠点にして当時台湾を統治していた清朝に対し反乱を起こした朱一貴は、朱一貴と同じく福建漳州出身の藍廷珍将軍に討伐されました。

その功により台湾駐留軍の総監となった藍廷珍は、台中を拠点に周辺の農地開拓を進めます。そのとき、台中周辺に多かった漳州からの移民のために中国から将来したのが、輔順将軍と天上聖母です。

輔順将軍は現在台中順天宮輔順将軍廟に祀られ信仰されています。

そして、天上聖母は輔順将軍廟とは別に媽祖廟に祀られていました。

しかし、日本統治時代の大正2年=1913年、市区整理の名目で総督府に撤去、破壊されてしまいます。

輔順将軍廟も同じく撤去されたものの、そちらは信徒の寄付によりまもなく再建がなりました。しかし、媽祖廟は媽祖像が一般信徒の家庭に保護されたままでいました。

日本の統治が終わってから2年、1947年に地元有志が再建委員会を組織、それから4年後の1951年におよそ40年弱ぶりに再建された媽祖廟が萬春宮です。

萬春宮は台中媽、藍興媽祖などとも呼ばれ親しまれています。

3階建ての壮麗な輔順将軍廟と比べ、小ぢんまりとした廟です。

四方を四神が守ります。

傘をかぶせられた「斗笠石獅」はこの廟のマスコット的存在でもあるようです。

この獅子は緑がかった光沢を含む玄武岩「青斗石」で作られおり清代に中国で作られた後に台湾に運ばれてきたもの。

言い伝えでは廟が総督府に破壊されたときに埋めて隠され、戦後に掘り起こされたものだとか。

傘は貴重な文化財が雨に侵食されるのを防ぐために被せられているとのこと。

永久歯が生える歳になっても生えてこない孫を心配した人が孫を連れてこの獅子の歯を磨いたら孫に歯が生えてきたとか、子供がこの獅子におしっこをかけたら高熱を出したため、おばあさんが洗って獅子に謝罪したところ熱が下がったなどという都市伝説的な話も伝わっています。

主祭神の天上聖母。

他に西王母、九天玄女、紂王に諫言し殺されたという比干その他道教の神々が祀られています。

天上聖母を守るのはやはり中壇元帥。

配神は観音仏祖と註生娘娘です。

輔順将軍廟が武神を祀る力強い男性向けの廟なら、萬春宮はたおやかな女性向けの廟と言えるかもしれません。