開基天后宮

台湾に漢人が住むようになったのはオランダ東インド会社が台南を占拠してプランテーションを始めてからです。漢人は台湾開拓の労働力としてオランダに雇われ、中国から移動させられました。その時、彼等が持っていた信仰もまた持ち込まれたであろうことは想像に難くないことです。

とはいえ、単なる労働者だった漢人移民に、正式な廟を作る力があったとも思えません。台湾に正式に道教に連なる信仰の場として廟が作られたのは、鄭氏政権がオランダを放逐し、反清復明の基地として台南を占領して以降です。

そのため、台南には「開基」を冠する廟が少なくありません。

この天后宮もまた、台湾ではじめての媽祖廟であるとして「開基」を冠しています。創建は鄭成功が死んだ1662年と伝えられます。

ただ、同じ台南の全台祀典大天后宮も台湾最古の媽祖廟と言われています。実際はどちらがより古いのかはわかりません。

とはいえ日本でよくある本家元祖争いのような低能なことは起こっておらず、全台祀典大天后宮が大媽祖廟、開基天后宮が小媽祖廟としてそれぞれ台南での信仰を集めているようです。

額には開基天后祖廟とあります。廟の名称と額に書かれた名称が違っているというのは珍しくないことです。

三川門を入ると左右の壁に龍虎。

台湾最古級の廟ではありますが、日本時代に一度、戦後に二度改修されているとのこと。

この廟には創建時以来の媽祖像があるとか。ただ正殿に祀られるこの媽祖像がそうなのかは不明です。

媽祖の前にはだいたいつきものの中壇元帥。

大きな立派な像ではなく、小さい像のほうがより古いということも考えられます。

媽祖像側からの眺め。

媽祖に向かって天上聖母と書かれた額が掲げられていると、媽祖に対してあなたは天上聖母ですぞと言い聞かせているような趣も感じます。

後殿には観世音菩薩。

この頭をかしげた観音像は「傾聴観音」と呼ばれており、祀典武廟、大天后宮の観音像と並んで府城三大観音と言われています。

後殿配祀に福徳正神と註生娘娘。

珍しいのがこちらの韋駄菩薩です。

中国仏教の影響を受けた台湾では、関羽を伽藍菩薩、韋駄天を韋馱菩薩として仏像や菩薩像の左右に配するのが一般的です。

このように、韋馱菩薩単独で祀られているのはあまり目にしません。