關渡宮

關渡宮は淡水の少し南側、淡水河と基隆河が合流するあたりに建つ廟です。創建は康煕51年=1712年。創建時は淡水の山上にあり霊山廟と呼ばれていました。日本時代の明治30年=1897年に、關渡の商人・林大春が風水を学び、私財を投じて土地を買って今の場所に立て直して關渡祖宮となり、大正11年=1922年に建て直されて關渡宮となりました。

關渡宮へは、台北MRT淡水線の關渡駅で降ります。バスでも行けますが私は歩いて行きました。駅から關渡宮までずっと案内板が出ており、迷わず到着することができます。

郊外だけあって非常に広い土地に建つ大きな廟です。

關渡宮は媽祖廟です。淡水の干豆にあったときは雲林県の媽祖廟北港朝天宮とともに「南有北港媽,北有干豆媽」と讃えられたといいます。

現在台湾では参拝時に捧げられる線香の煙が環境問題となっており、台北では行天宮がいちはやく香炉を廃止、龍山寺も香炉を一つだけに絞るなど線香をあまり使わないという方向になりつつあります。そんな中、この廟ではなんと無煙香炉を採用しています。線香を捧げるという伝統を保持し、信徒の心によりそった方法としてはこれもありではないかと思います。

本殿右側には観音仏祖。

左側には文昌帝君が祀られます。

正殿を参拝したあとは、正殿左にある延平郡王三將軍廟に行きます。

ここには延平郡王=鄭成功と、鄭成功の三人の部下が祀られています。

次に正殿と延平郡王三將軍廟の間を通って、新しく建てられた凌霄寶殿に向かいます。

5階まで登ると、中央には三官大帝。

右に生を司る南斗星君。

左に北斗星君。

凌霄寶殿内は樫の木で作られた彫刻で埋め尽くされています。しかし細かく彫られすぎてちょっと気持ち悪さも感じます。

凌霄寶殿ということは当然玉皇大帝の宮殿なわけですが、玉皇大帝、太陽星君、太陰星君が祀られる6階は一般参拝客は立入禁止になっていました。

5階の配神として瑤池金母=西王母。

そして東華帝君。東華帝君は西王母と対になる東王父であるとも考えられています。ここでは西王母の反対側に祀られているので東王父という扱いでしょう。

凌霄寶殿を3階まで降りると太歳殿になっています。

斗母元君と太歳星君の位牌。斗母元君を挟む仏像についてはよくわかりません。

更に同じ建物の地下に向かいます。

地下の中央には上元天官賜福紫微大帝。紫微大帝は三官大帝の首座の天官であり、福を与える神様です。天官賜福の絵やレリーフなどはいろんな廟で目にします。

紫微大帝の左右には天上聖母が祀られています。

紫微大帝の正面から、山をくり抜いたトンネル「財神洞」に入っていきます。ここには財神が祀られます。

まず萬山財神。萬山財神は、元代の沈萬山という人物です。施しを楽しみとして貧しい人を救済していたといいます。

次に季倫財神。季倫財神は晋代の石季倫という武将。太守や刺史などを歴任した後に衛尉卿、近衛の長官にまでなります。と同時に富豪としても知られており、死後に天界の財宝を管理する神になったと言われます。

武明財神。一般的には武財神として知られます。『封神演義』では敵役になっている趙公明です。

最後に文比財神。一般的には文財神として知られます。こちらは紂王の叔父の比干のこと。紂王に諫言したとして殺害されました。これも商を侵略した周が紂王の残虐性を言い立てるために作った話でしょう。

トンネルを抜けた先は淡水河が開けており、福徳廟になっています。

土地神である福徳正神にも財神としての職能が付与される場合があります。

財神洞から正殿に戻り、右側に出るとまず地蔵王菩薩が祀られる功徳堂があります。

功徳堂の上は仏菩薩を祀った廣渡寺になっています。

2階はまた地蔵王菩薩。

3階は薬師仏祖殿。

薬師如来が祀られています。この階には十八羅漢像などもあります。

廣渡寺から降りるとこれも山をくり抜いた古仏洞があります。

ここの壁面には大乗仏教がバラモン教やヒンドゥー教などからパクって仏教の護法神とした二十八尊天王像が並べられます。日本では二十八部衆と呼ばれる千手観音の眷属です。

この摩睺羅王はもとはマホーラガという蛇神で、音楽の神様でもあります。

日本の鴉天狗の元ネタであり、雷震子など雷部諸神の元ネタだと思われる迦楼羅王。ヒンドゥー教のヴィシュヌの乗騎ガルーダです。

そして三面六臂の阿修羅王。この笑顔守りたい。

托塔天王李靖の元ネタである毘沙門天。

日本でも柴又帝釈天などで信仰される帝釈天。つまりバラモン教の「神々の王」インドラ神です。仏教経由で日本に伝わったバラモン教、ヒンドゥー教の神々は多く、柴又インドラの他、生駒ガネーシャ、上野不忍池のサラスバティー堂などがあります。

そしてトンネルを抜けた先には二十八尊天王の主である千手観音が祀られています。観音信仰が盛んな台湾では道教の数多くの廟でも観音仏祖が祀られているものの、千手観音はそれほど多く見ることはありません。

右側には霊山山神この神様は調べてもよくわかりませんでした。

左側には福徳正神。別の廟で山神として福徳正神が祀られていたのを見たことがあります。しかしここでは別に祀られているので霊山山神=福徳正神というわけでもないようですね。

元に戻って廣渡寺の方に登っていくと廣渡寺に向かう階段と分かれて霊山公園があります。ということはこの山が霊山ということで、霊山山神はこの山の守り神ということかもしれません。

登っていくと關渡三潮勝地と彫られた石碑があります。「關渡三潮」は關渡宮の前を流れる淡水河、基隆河に満潮によって逆流してきた海の水が合わさるとそれぞれの水の色で三色に分かれる奇観のことだといいます。

ちょっとわかりにくいかもしれませんが、手前側が基隆河の灰色、その向こうが淡水河の水色。タイミングが合えばここに海の水の色が加わるということでしょう。

山上は非常に眺望がいいです。