祀典武廟

台南を代表する廟といえば、この祀典武廟だと言っていいのではないかと思います。創建は1720年。台北最古の廟である龍山寺よりも古い廟です。

ここは台南随一の観光スポットである赤崁楼の前に建っています。赤崁楼は10年以上前に一度行ってもういいやって感じなので行きませんでした。

wikiによれば、この扁額は清朝9代皇帝咸豊帝の御製だとか。

この廟は主祭神を関聖帝君とする関帝廟です。

でっかい青龍偃月刀が飾られていました。でも青龍偃月刀を使うっていうのは演義の設定で、後漢のころにはこの様式の武器はなく、史実の関雲長が使っていたのは普通の大刀だと考えられているようです。

左の柱に伏魔蕩寇とあるのは、生前に劉備に封じられた蕩寇将軍と、神格化された後に明代に封じられた三界伏魔大帝神威遠鎮天尊関聖帝君を混ぜて使った感じです。

後殿は三代庁。三代というのは咸豊帝が封じた関雲長の祖先、祖父、父親のことです。

三代庁の左側には観音庁。

観音庁には観音仏祖の他、註生娘娘、福徳正神が祀られています。

観音庁の横には月老祠。

月老公、つまり月下老人。横には月下老人のご利益で結ばれたカップルの写真が貼られています。台北ではこういうのは見たことありません。台南では他の廟の月下老人の横にも同じように写真が貼られていました。

月老祠の隣は太歳殿。

太歳殿につきものの斗母元君の姿がなく、後ろの太陽の絵が象徴しているのかと思いましたが、どうやら私が参拝した日にたまたま像が置かれていなかっただけのようです。

さらに奥の六和堂に祀られるのは、火徳星君、王天君、張仙大帝。

まず火徳星君は五行のうち火の徳を司り、また熒惑つまり現代でいう火星を象徴する神様です。

王天君は『封神演義』にも登場する神様で、同様に火徳を持ちます。

張仙大帝というのは初めて見ました。どうも民間信仰で関聖帝君の属神とされている神格らしいです。張天師とは関係ありません。子宝の神としても信仰されているようです。

西社に祀られるのは、文昌帝君・魁斗星君・朱衣神君・孚佑帝君そして文衡聖帝で構成される戦隊「五文昌」。文衡聖帝というのは五文昌での関聖帝君の神名です。台南の廟を巡ったところ、台南では関聖帝君よりも文衡聖帝として祀られていることが多いという印象をうけました。

ついでに武廟の横に建つ馬使爺廳も紹介しておきます。武廟から独立した廟になっていますが、武廟に属する廟です。

馬使爺というのは関雲長の愛馬・赤兎馬の馬取り。関雲長が神格化され、神様の馬の馬取りだからというよくわからん理屈で神様とされました。関平・周倉が関聖帝君の属神となっているのはまだわからんでもないけど、これはわかりません。ていうか、だったらなぜ義兄弟の劉備と張飛は神様になっとらんのか。まあ、台湾には戦後に扶鸞系の宗派が勝手に作った劉備廟があるみたいですけど。

馬使爺の後ろには赤兎馬さんがいます。

台北では見られず、台南でよく目にしたのが、この水と草。これは軍馬のための水と草で、これがあるのは神兵がここに駐留しておるぞという印で、多くは五営将軍の兵馬がいることを意味するという知識だけはあったものの、実物は初めて見ました。ここに限っては五営将軍ではなく関聖帝君の軍団を示すものかもしれません。

ちなみに正面に見える赤い壁が武廟です。